4月は始まりの季節、出会いの季節という世の中の共通認識がある。そんな4月の初め、私は友情の終わりを悟った。つまり私の2024年4月は別れの季節になってしまった。
別れと言っても、別に縁を切ったとかそういう単純なことではない。ただ、終わりを悟ってしまっただけなのだ。絶望はない。ただ、桜が葉桜になってしまってなんだか寂しい、みたいな感覚。
私は21歳で、友人とは高校2年生の17歳の時に出会った。5年の付き合いになる。たった1人の親友だった。
夏目漱石の『こころ』に出てくる親友Kと友人のイニシャルがたまたま同じだったので、ここでは彼女のことをKと呼ぶ。
高校生にとっての友情はとても簡潔なものだった、と高校を卒業して大人と分類されるようになった現在になってわかるようになった。これは私の解釈だが、学生の友情とは孤立しないための手段だったのだ。キラキラスクールライフを共に過ごせる、クラスや学年で浮かないための相棒が最低でも1人いさえすればよかった。極端に言えば、別に誰でもよかったという訳だ。
とても偉そうな言い方をすれば、私は高校2年生の春、Kに選ばれた。というのは、私は本当に人間関係の構築が苦手で人見知りで自分からクラスメイトに声を掛けていくタイプでは全くなかったため、ぼっちでいるところにKが声をかけてくれたのだ。Kは私とは正反対で、友人も多く天真爛漫、人当たりのいいタイプだった。私の人生で誇れることリストの中に、「友人の多いKが私に声をかけてくれたこと」は必ず含まれると思う。ただ、私は本当に難しい性格で臆病者だったので、K曰く、3ヶ月は心を開いてくれなくて諦めかけたらしい。ごめんね。
それからKと友人になり、高校生活を共に過ごした。私の高校生活が暗いものにならなかったのは確実にKのおかげだった。高校卒業後、Kは上京して都会の大学に進学した。私はその頃血迷っていたので、何故か神奈川に行き工場勤務をしていた(3ヶ月で地元にとんぼ返りしたが、この話はまた今度)。ここが別れ道だった。Kは大学で華やかな大学生活を始めた一方、薄暗い工場でただただボルトを閉める作業を延々と続ける私。まるで、Kと私の性格を表しているようだった。明るく、ポジティブで、天真爛漫、さっぱりとした性格のKと、人見知りで、皮肉でネガティブで、1人が好きなのに寂しがりな私。ネガとポジ。太陽と月。さっぱりとネチネチ。本当に正反対だった。私はKが心底羨ましかった。私はKみたいになりたかったのだ。
私は高校生の頃からTwitterばかり見ていて、インスタのようなキラキラしたところは忌避していた。Twitterには「私にはあなただけだったのに、あなたにとっての私は数ある中の1人だった。」というような吐き出しが沢山あった。本当にその通りだった。それが心底辛かった。ただ、「私にはKしかいないのに!なんでKは私以外が沢山いるの!」なんてメンヘラじみた言葉を本人に言えるはずがなかった。ただ鬱々とした感情が私の中に溜まっていくだけ。これは私の勝手な被害者じみた考えなので本当のことは何もわからないが、Kにとっては別に私以外にも友人はいて、遊ぶ相手は私でなくてもよかった。だから私がKの一年後、Kの後を追うように上京してから、Kと会うのはほとんど全て私からの誘いばかりだった。
人間誰しも、相手からアクションを起こしてくれた方が嬉しいはずだ。いくら親しくとも私は、他人を誘うという行為はとても緊張する。断られると悲しいから。それでも私はKに対してアクションを起こし続けた。
ただ、もう、本当に疲れたのだ。
人間関係、カップル、友人関係、どれも片方の努力だけでは成り立たない。お互いがお互いを思いやり、相手が何をされたら嬉しいかを想像し続ける。そうでないと続かない。
初めに戻るが、別に縁を切ったとかそういう単純なことではない。ただ、本当に、終わりを悟ってしまっただけなのだ。このままでは、私は疲れすぎてしまう。そう思った。Kが私との人間関係でまったく努力しなかった、というわけでは全くない。それほど自惚れてはいない。ただ、もう嫌になってしまった。
半分は執着だったのかもしれない。私にはKしかいない。その唯一の友人を私から手放してはいけない。手放すわけにはいかない。私が本当に1人になってしまうから。友人のいない孤独な人間になりたくなかった。
純粋な友情ではなくなっていたのだと思う。
でも、もういいのだ。執着し続けるのはもううんざりだった。執着より孤独の方がマシだと思った。
それから私はKに連絡することをやめた。「会おう」という誘いばかりで、意味のないLINEはほとんどしてこなかった。「会おう」という誘いをやめた今、当然、連絡はない。
Kと最後に会った時、「一緒に行こうね」と話していたフェスが今日だった。
彼女のインスタには、別の友人と撮ったフェスの写真。横は私じゃない。それでいい。
バイト終わり、1人で一蘭のラーメンを食べた後、喫煙所でインスタのストーリーを見た時、私は友情の終わりを悟った。
Kを嫌いになってしまったのではない。Kを責めたいという気持ちもない。責められるなら私だと思う。「会おう」という誘いを突然やめた私が悪い。でも、それを責めていいのは私だけ。
私はどこまで行っても自分が1番なのだ。Kでさえも、私を責める筋合いはない。K以外の、このブログを読んだ誰かが私を責める筋合いはもっとない。
ただ、ちょっとだけ、Kには残念がって欲しい。
これからもずっと、Kと過ごした高校生活や上京してから一緒に過ごした日々は忘れることはないだろう。Kのこともずっと大好きだ。感謝している。縁を切ることもない。インスタでKの華やかな生活は目に入るだろうし、それを疎ましく思うこともない。
ただ、私の歪んだ、不純な、執着していた友情は終わった。これからKのことを親友と呼ぶことはない。
友情は終わった。いや、正しく言う。執着は終わった。
別れの季節になってしまった私の4月。時刻は深夜2時。曇天の空。
私の心は晴れ晴れしている。さようなら、私の執着。